私の趣味の一つに陶器収集がある。収集といっても、飾って愉しむタイプではなく、使うために買い集めるタイプのそれである。
収集のきっかけは、ごく単純な話で、友人からのお土産で頂いた日本酒である。
たしか山形の銘酒「初孫」だったと記憶しているが、「ぬる燗で呑むと美味いよ」と言った友人の一言だった。
これをお燗して呑むための道具を探しに出かけたのである。
当時は酒器に関する知識などあるハズもなく、近所にあったホームセンターの食器売り場に向かった。それでも、この大きさがいいとか、この色がいいとか、それなりに楽しんで器を選んだのである。
自宅に帰りさっそく使ったが、酒をわざわざ一升瓶から徳利に移して、ぐい呑みで呑むという行為は、いつもの一升瓶から直接コップに注ぐのとは違い、なかなかに楽しいものだった。
それから、なんとなくこの小さな器が気になるようになり、街の食器屋さんやデパートの食器コーナーなどを見かけると、必ず「ぐい呑」を見て回るようになっていったのである。
しかし、まだこの頃は「マイぐい呑み」として外で楽しむことはなく、あくまで自宅での楽しみだった。
そんなある時、銀座の備前焼専門店で開催された展示会があった。備前焼作家の中村真、和樹、親子展。
その中で、会場にいらした真さんに、こんな相談をした。
「自宅では気に入ったぐい呑で呑めるのに、出張中は困りもんですよ。出張先の居酒屋さん、酒は良いの揃えてるのに、ぐい呑が・・・ねぇ?。何だか逆にもったいない・・・」
すると彼は、こう答えた。
「だったら、持ち歩けばいい。僕なんかは、いつも持ち歩いてますよ。ちょうど、ここに来るまでの新幹線の中で、これでビール飲んで来たのよ」
と言ってバッグから、ぐい呑みとも湯のみともつかない変わった猪口を取り出した。そしてこう続ける。
「僕はビールも酒も呑むから、こんなものがちょうどええ。あんたサラリーマンなら、「平ぐい呑」がええと思うよ。ほら、こうやってジャケットのポケットにも入る。」
そう言い、ニコニコしながら、自らのジャケットの内ポケットに、入れたり出したりするポーズを取った。
まさに、目からウロコだった。
「そうか!持ち歩けばよかったんだ」でも・・・
「割れたら、シャレにならない!」するとすかさず、彼はこう言った。
「高価なものは、家で使ってもらえばええ。僕のを持って行ったらええよ。僕は、まだまだ作れるから。」真さん、商売上手ね。
それから真さんに「ええの」を選んでもらい、出張にこのぐい呑を持っていく事になったのである。
「マイぐい呑」を始めるきっかけである。
自分の気に入った「ぐい呑」で、いつでもどこでも酒が呑める至福を楽しむために始めた「マイぐい呑」であるが、実は思わぬ副産物も多い。
先日伺った、北海道の千歳市にある「北の華」という鮨屋での出来事である。
いつも通り「マイぐい呑」で酒を呑みながら、鮨を楽しんでいると隣から「ぐい呑を持ち込んだのですか?!」と声をかけられた。
もちろん、見知らぬ人である。
「ええ、そうなんですよ。マイぐい呑みなんです。」と答えると、
「へぇ〜!すごいな!いろんなところで呑んでるけど、初めて見たよ。よくボーリングでこだわる人がマイボールを持ってるけど、ぐい呑を持参する人は、初めて見ましたわ! ねぇ大将、こんなお客さん珍しいでしょ?」
すると大将も話に加わり
「そうですね、珍しいですねぇ、ちょっと見せていただいてよろしいですか?」すると、また別の方から声がかかる。
「俺も、酒にはうるさいけど、さすがに持ち歩いてないわ。今度やってみようかな」
「ぜひ、真似してください。お酒にこだわるのだから、酒器にもこだわってみませんか? 酒呑みのみなさんが、マイぐい呑みを持ち歩いたら、もっと酒が楽しくなりますよ」
「いいねぇ」
「今度やってみよう」
「いい趣味だなぁ」と、どんどん会話の輪が広がっていくのである。
「いやぁ、今日は、良いモノ見せていただきまして、またお会いしましょう」と握手して再会を誓う。
最近は、こんなやりとりが多い。
何故か店主から、一目を置かれるようになり、古くからの常連であるかのような丁寧な扱いをされることが多くなる、正直これは、とても気分の良いものである。
そして、いつの間にか、ぐい呑を持ち歩き居酒屋で呑む事が習慣となり、当時エコの観点から流行った「マイ箸」にちなんで「マイぐい呑」と呼ぶようになった。今では、出張や旅以外にも、外出時には、かかせないものとなっている。
楽しい「マイぐい呑みライフ」のスタートである。